またライモンで会いましょう

忘れられない観覧車
テーマB:「ふじ」
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  アヤノさんへ

 こんにちは トモヒコです。
 今日は投薬開始日だったはずなのでメールを打とうと思いました。
 先週のライモン遊園地、楽しかったですね。僕はまるで昨日のことのように思い出せます。
 アヤノさんはどれが好きでしたか? 僕は『絶対捕喰廻転迷宮』が怖かったです。真っ暗の中から仄暗く光って襲い掛かるエレキネット、あんなにバチュルとデンチュラが怖いと感じたのは生まれて初めてでした。
 あと『怒鉄骨番長(ドテッコツバンチョウ)』も意外と良かったですよね。無骨に鉄骨を組んだだけに見えて、あんなにグルグル回されるアトラクションだったとは、でもあれってドテッコツの力じゃなくって機械の力で動かしているのですよね。
 退院したら、またライモン遊園地で会いましょう。次こそは『Z・Z舞雷火(ゼ・ゼブライカ)』や『ええもんがねぇが』に乗りましょうね。
 約束ですよ。
 では治療の成功を祈って、お大事に!


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 病室のベットの机の置かれたノートパソコンの画面上に表示された、先刻届いたばかりのメール文面を読んで、アヤノは涙がこみ上げてきた。


 きっかけは、ただの風邪だと思っていた。
 1週間以上微熱が続いていたが、病院に行く時間がもったいなくて、市販の風邪薬を飲んで過ごしていた。
 だが、突如倒れて救急車に運ばれ、そのまま緊急入院した。
 発見が遅れたことで、そこから更に病気の特定まで時間が掛かってしまい、
 2種類のポケモン由来の毒が体を蝕んでいたことが判明した時には、もはや手遅れに近く、
 いわば、不治の病になっていた。

 それでも治療の手はあり、抗生物質などの投薬治療が始まろうとしていた。
 その時に、
 お医者さんは真剣な顔をして、一錠の薬をアヤノに見せた。


 丸く小さな鬼灯(ホオズキ)のような形状で、色はきれいな茜色をした“思い出の実”という名の不思議なきのみがある。
 これは記憶力を活性化させる実で、ポケモンに食べさせると成長の過程で忘れてしまったワザを思い出させる効果がある。生育に水を多く必要とするため、その生息域は主に水辺であり、複数の場所での分布が確認されている。
 その中でもシンオウ地方エイチ湖畔に生息する思い出の実が有名であり、質が良いことが知られている。エイチ湖の護り神『ユクシー』が記憶を司るとされることから、そうした御加護を受けているのかもしれない。
 この実を薬として精製すると極めて強力な薬効を持つようになり、人間が摂取するとそこから十数時間の間の記憶が完全に脳に定着し、眼を瞑るだけでもその時の光景が思い出されて、一切忘れることが出来なくなってしまう。
 危険性が高いため、一般の人へは処方が固く禁止されている。
 だが、難病の疼痛緩和のために麻薬の使用が認められるように、例外が存在する。

「出来るだけ楽しいことに対して使って下さい」
 お医者さんは、一錠の薬を指し示してそう言った。

 病魔は既に身体深くに根を伸ばし、患者の細胞へダメージを避けることはできず、巻き込んで痛めつけてしまう。
 抗生物質の投薬治療が始まれば、病床の上で痛みを耐え続ける日々が始まる。
 痛みに耐えきれず死んでしまうかもしれない、頼りになるのは患者の精神力のみ。
 毎日痛みに魘されながら、たった一人の闘病生活が始まる。
 強い薬なので意識は朦朧として、意思を保つのは難しくなってしまうだろう。
 そんな時に、体中の痛みで心が折れそうになろうとも、患者が楽しい記憶に縋ることさえできれば、
 生きる活力に繋がり、治療を耐えきることができる。
 そのために楽しい思い出を用意して、思い出の実の薬の効果で、それを脳に定着させる。
 アヤノはしばらく悩んで、友人に頼んでトモヒコという男性を紹介して貰った。
 お医者さんに強力な痛み止めを打って貰い、記憶を残すために一日だけの遊園地デートを行うことになった。


 遊園地デートは楽しかった。
 ライモン遊園地は、その町のジムリーダーのカミツレがプロデュースしたイッシュ地方No.1の夢のテーマパークで、
 一緒に乗れば二人の愛は結ばれるとパワースポットで有名な観覧車の他にも、ジムリーダーの愛獣エモンガのアクロバットをモチーフにした超回転コースター『ええもんがねぇが』など、シャイニングでビューティフルでエクセントリックなアトラクションは、いつ行っても新しい刺激に満ち溢れている。
 アヤノは旧アトラクション『Z舞雷火(ゼブライカ)』が誇った、世界最高レベルの加速を更に超えていく、ゼンリョク進化形と銘打って先日リニューアルした、超速ジェットコースター『Z・Z舞雷火(ゼ・ゼブライカ)』に乗りたかったのだが、行列の待ち時間があまりにも長かったため、しぶしぶ諦めることになった。
 トモヒコはアヤノに楽しんだ記憶のみを残して貰うために、精一杯のもてなしと出来る限りの優しさを尽くして、デートに臨んでくれた。


 涙を拭い、意を決して、アヤノはPCのキーボードに向かって返信のメールを打ち込み始めた。


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  トモヒコさんへ

 お久しぶりです。アヤノです。
 先に謝っておきます。 ごめんなさい。
 あの時、ライモンへの移動中に貴方に渡して飲ませた酔い止めの薬、実はあれが私に処方されていた記憶に定着させるための薬なのです。

 トモヒコさん 貴方は、今から死ぬかもしれない人にとって一番怖いことってなんだと思いますか?
 誰かに忘れられてしまうことです。
 人の命は忘れられない限りは生きていけます。誰かが私のことを覚えていて大切に思っていてくれる限り、私はいつまでも生きていけます。
 私自身が忘れないでいたって、何の意味もないのです。
 だから、貴方に私のことを忘れられないようにさせました。
 これで他の皆が私を忘れてしまっても、貴方だけは必ず覚えていてくれる。
 仮に不治の病のまま、私がこのまま亡くなってしまっても、必ず貴方は私のお墓で泣いてくれます。

 トモヒコさんには、彼女はいますか? 先週私とデートしましたし、多分まだいないですよね。
 今後、トモヒコさんにも彼女ができるかと思いますが。その彼女さんの前でも、私との思い出がずっと残ってしまうことが申し訳ないです。
 あの薬の効果は、死ぬまで一生消えないってことは多分無いでしょうけど、消えるまでかなりの時間は必要でしょう。

 身勝手ですよね。
 私を恨んでください。それでもいいです。
 恨んでそれで、私のことを忘れずにいられるのですから。

 ごめんなさい、本当にごめんなさい。
 今から私は治療に入ります。
 ではまた明日、ライモン遊園地で、貴方の記憶の中で会いましょう。


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