シリーズ ポケモンとの絆 第5回 『ラ・オーフ』に暮らす"真っ白な紙"たち BY ジョルジュ・ガルニエ 2016年11月21日

WEBマガジン アミー・ド・ポケモン
テーマB:「ふじ」
 人間のあり方の多様性が注目されるようになって久しい現代。ポケモンと人間との関係もまた、使役動物や産業動物といった『人間が直接的な利益をポケモンから受け取る』ための関係にとどまらない、様々な関係のあり方が注目を集めるようになってきた。
 もしあなたが、ポケモンバトルやトライポカロンで華々しい舞台に立つ、というマジョリティである人間とポケモンの関係ではない、新たな人間とポケモンとの関係を考えたいと思うなら、ミアレ郊外、トリスト通り住宅街にあるポケモン保護施設『ラ・オーフ』を訪ねてみてはいかがだろうか。

『ラ・オーフ』では、親を失った、あるいは育児放棄されたポケモンの子供や、いわゆる『厳選余り』として捨てられたポケモン、様々な事情でトレーナーと引き離されたポケモンなど、様々な過去を持つポケモン達が暮らしている。
 ポケモン達と触れ合いながら軽食を楽しむことができるカフェスペースも併設されており、近隣住民の憩いの場にもなっている。保護されているポケモンの里親募集も行っているため、もし我が家に迎え入れたいポケモンに出会ったなら、引取りを申請しよう。審査に合格すれば、数日でそのポケモンを引き取ることができる。

「ここにいるポケモン達は、何をするでもなく生きていますし、私も彼らになにかをさせようとはしていません。彼らは"真っ白な紙"なのです。それをどう使うかは、彼ら自身と、彼らを引き取る里親が決めるべきことなのです。彼らには多くの可能性があります。多くの人が称賛するような立派な絵を描いて、美術館に展示されることはできないかもしれません。ですが、日記帳になって私達自身を顧みらせてくれるかもしれません。壁紙になって私達に憩いをもたらしてくれるかもしれません。あるいは折り紙になって名画とはまた違った美しさを見せてくれるかもしれないのです」
 そう語るのは『ラ・オーフ』の代表を務めるジャード・ジュオー氏。ポケモンセンターで女医として30年間勤務し、退職後にポケモン保護の活動を始めた。『ラ・オーフ』を立ち上げて5年目となる今年までに、のべ50匹以上のポケモンを保護し、その多くを里親のもとへ送り出してきた。
 しかしながら、全てのポケモンに里親が見つかるわけではない。引き取られていくのはまだ幼いポケモンが多く、年齢を重ねてから保護されたポケモンはどうしても引き取り手が見つかりにくいという。
 まして、そのポケモンがハンディキャップを抱えていればなおのことだ。『ラ・オーフ』にも、活動を始めたばかりのころに引き取られ、現在もそこで暮らし続けているそんなポケモンがいる。

『ラ・オーフ』に暮らすガオガエンのマルセルは、4年前、かつてのトレーナーと共に交通事故に巻き込まれた。
 トレーナーは死去。マルセルはかろうじて生き延びたが、脊髄を損傷したために下半身に麻痺が残ってしまい。自力で立ち上がることができなくなってしまった。
「野生ポケモンの攻撃。競技中の事故。大規模な災害。こういった不時の不運によって、トレーナーを喪ってしまうポケモンは決して少なくありません。旅をしているトレーナーともなると、所持していたポケモンの所有権の譲渡先をしっかりと決めていないこともありますし、家族との関係を絶つために、非常時の連絡先等をあえて隠しているというケースもあります。こういった事態にポケモンが巻き込まれた場合、トレーナーが所持していたポケモンの所有権が不明瞭になり、野生ではないがトレーナーもいない、野良ポケモンになってしまうことが多いのです。こうなった場合、もちろん生態系への悪影響は避けられません。こういったポケモンの保護は行政単位でも行われていますが、行政だけでは対応が間に合わず、我々民間団体が保護活動を支えているのが現状です。マルセルが『ラ・オーフ』にやってきたのも、障害を負ったポケモンを保護するためのシステムが行政側になく、保護することができなかったからでした」
 マルセルを救うために、ジャード氏はポケモン医として勤務した経験を活かし尽力した。
「リハビリは大変なものでしたが、マルセルはそれを懸命にこなしていました。何よりマルセル自身が、自分の脚で立ち上がること、生きようとすることにひたむきだったのです。私はマルセルの強い意志に応えたくて、人間用の歩行器をマルセルに与えました。マルセルは歩行器の使い方をすぐに覚えて、他のポケモン達とほとんど変わらないまでに歩けるようになりました。今では、私と一緒に外を歩くこともあるんですよ」

 マルセルは今『ラ・オーフ』の顔と言っても過言ではないポケモンになっている。穏やかで人当たりも良いためか『ラ・オーフ』を訪れる人々からの人気も高く、近年はSNSに投稿された写真を見て、マルセルに会うために遠方から『ラ・オーフ』を訪ねる人も少なくないのだそうだ。
 著者が『ラ・オーフ』を訪ねた際には、マルセルは他の小さなポケモン達の遊び相手をしていた。他のポケモン達もマルセルのことを兄のように慕っていて、いつもマルセルと遊びたがるのだという。
「マルセルのかつてのトレーナーは、ポケモンリーグ出場のためにジムバッジを集めていたそうです。事故の後遺症で、マルセルはポケモンバトルができない体になってしまいました。事故の前に目指していたものにはもうなれません。ですが、かつて目指していたものとは違うものを、彼はここで得ることができたのです。その手助けができたことを、私は誇りに思っています」
 不時の不運に見舞われたことで、それまで描いていたものを壊されたマルセルは、今ここで、新しいものを"真っ白な紙"になった自分の上に描き始めているのだ。

「ポケモンも人間も、生きる道はひとつではありません。皆がどんな者にもなることができる"真っ白な紙"なのです。栄光に満ちた誰もが羨む生き方ではなくても、その生き方に救われる者がいるのです。バトルやトライポカロンで活躍したり、人や物を運んだりすることだけがポケモンの価値ではないことを、より根源的な"隣にいることの素晴らしさ"を、私はこの活動で伝えていきたいと思っています」
 ジャード氏の言葉、そして『ラ・オーフ』には、人とポケモンの双方向に向けられた、大きな愛が満ち溢れている。大きな愛に包まれたくなった時には、是非足を運んでほしい。