花咲く未来へ

野良フェンリル
テーマB:「ふじ」
「お花見に行きます。」
 私の主である彼はいつも突然に、何の前触れもなく、よくわからないことを言い始める。
 桜の時期も過ぎた今、何の花を観に行くというのだろうか。ポカーンとしている私に主が説明する。
「ああ、ネットで見かけたんだけどね。少し遠いんだけど藤の名所があるらしいんだ。今が見頃でせっかくだから見てみたいなと思って。」
 成程、とはならなかった。長年主と生活を共にしているが、花見が好きとは一度も聞いたことがない。それどころか花見すら行った記憶もない。何か考えがあるのだろうか。
 藤、か。実物は見たことがないがどんなものかは知っている。紫色の垂れるように花が咲いているアレだ。藤色と名前がつけられるくらいなのだからきっと美しいのだろう。
 まあ、主が行くというのならば断わる道理はない。主は頻繁に私に対して、「もっと自分の意思を持ったほうがいいよ。」とか、「ロボットじゃないんだから。」といったことを言う。それでも私は、あの日、彼に選んでもらった。博士の研究所で迷わず私を持ち上げ、抱きしめてくれたことを今でも鮮明に思い出すことができる。純真無垢という言葉を具現化したような、翡翠色の綺麗な瞳に私の全てが持っていかれたような気がした。選んでくれただけで十分だというのに、彼を見ていると私の中の何かが熱くなって抑えきれないような、そんな感情を覚えた。私は気付いた、これが好きという感情だということに。一目惚れとは違うのだろうがそれに近いものだった。
 それからというもの、私はずっと彼を主と呼び、つき従った。色々とあったがホームシックになった主が家に帰ることで短い旅は終わった。



 …………。これは一体どういう仕打ちなのだろう。
 ガタゴトと揺れる汽車。私の膝枕で寝ている主。そして他の乗客の冷たい視線。
 人とポケモンが仲良くするというのは珍しくともなんともない。ただ、TPOというものを弁えるというのは常識だ。人っぽいと言われても反論する気はないが、人と一緒に暮らす以上、野生とは違う。最低限の知識は頭に叩き込む必要があった。
 その中で、当たり前だが距離が近すぎてはいけないということは主も重々承知している、と思いたい。異種恋愛。誰がきっかけかは分からない。ただ、迷惑などこかの誰かとポケモンが互いを愛しすぎたが故に一線を越え、子孫を残そうとしたのは間違いない。それが報じられ、少しばかり面倒なことになっている。
 さてと、唐突に花見に行くと言い出し、しかもその日に出発、そして現在ぐっすり眠っている私の主だが、実は起きていたのではと疑いたくなる程に丁度乗り換えの駅で起きた。



 流石田舎といったところだろうか。乗り換えるにしても次の発車まで数時間ある。本当にこんな場所に名所と呼ばれる藤があるのか疑わしい。
 昼ご飯を食べようと店を探してウロウロするが、田んぼや民家が続くばかりで中々見つからない。ようやく見つけた茶屋で休憩しながら汽車での行いを叱り、世間体を気にするように言ったのだが、返事だけは一丁前で直ぐに忘れるだろう。本当に、溜め息しか出てこない。そんなところも好きではあるのだが。



 結局、主は懲りることなく私の膝枕でスヤスヤと眠った。空は少しずつ赤く染まり始め、終点に着く頃には暗くなっていた。時間も関係して乗客は少なく、視線も朝ほど酷くはなかった。
 藤を観るならば、ここから少し歩き、山を登らなければならない。今から行くとするなら着くのは深夜だろう。どちらかと言えば賑わっている場所が好きな主だ。流石に明日に備えて宿へ向かうはずだ。
 
 …………おかしい。どうして私たちは今、夜中だというのに山を登っているのだろう。
 あの後、主は何も言わずに山へ向かい始めた。もちろん、私は理由を聞いた。すると、主は顔を赤くし、くるりと反転して何も言わずに再び歩き出した。これには私も何か理由があっての深夜花見だろうと理解した。ただ、主が顔を赤くした理由だけは何も分からなかった。
 汽車で睡眠をしっかり摂った主人は元気そのもので、眠れなかった私はどっと疲れていて足が重い。主はあの状況でよく眠れたものだと思う。いや、主が人とポケモンは同じだと考えているからこそ眠れたのかもしれない。
 道中はこれといった険しい道もなく、スイスイと登り、二時間程で山頂に着いた。道中、主は一回も口を開かず黙々と歩き続けた。私も聞きたいことは山ほどあったが、主が山頂で全て答えてくれると信じて黙っていた。



 山頂に着いた私は言葉を失った。視界を全て覆いつくす程に一面の紫。月明りに照らされた藤の木は妖しく光り、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。まるで大きなヒトモシが魂を吸い取るためにこちらを誘っているようだ。藤色と名前がつけられるのも頷くことしかできないくらいに美しい。ここにいるだけで時間がゆっくりと過ぎていくような、そんな気にさせられる。名所と呼ばれるに相応しいのは違いないのだが、深夜だからか私たち以外は誰もいない。普段は賑わっているだろうこの場所も今は二人だけのものだ。
 折角の貸し切りだというのに、花見に行くと言い始めた張本人である主は何やら緊張した様子で息を整え、木の根元まで歩き始めた。私は、主の様子から花見というのが建前だということに気が付いた。だから、主が今から何をするのかは分からないが、私なりに何かしてあげよう。
 藤の木をバックに主は私と向き合う。そして、背負っているリュックを下ろし、中から何かを出し、背中に隠した。プレゼント、だろうか。
 主が何度も深呼吸をして切り出すのを待つこと数分。遂に主が行動に出た。
「僕と、結婚してください!!!!!」
 !?!?!?!? 一瞬、聞き間違いかと思った。しかし、主を見て本当だと分かる。膝をつき、指輪が入った小さい箱を私に差し出している。困惑している私を置き去りにして主は続ける。
「えっと、その、何と言うか、アレだよアレ。僕を手伝ってほしいんだ。」
 私に伝えたい言葉を用意してきたのだろうが、緊張でごっちゃになっているみたいだ。
 私も主もお互いに一旦落ち着き、私は主の隣に座って話を聞く。
「僕にはね、夢、というか目標があるんだ。知っているでしょ? 人とポケモンの付き合い方がここ十数年で問題視され始めたのを。僕は、人とポケモンでは子孫は残すことはできなくてもそこにちゃんと愛があると思ってる。僕が君を好きなように。人とポケモンは種族の違いはあっても昔から手を取り合って生きてきたじゃないか。」
 確かにそうだ。人の技術力。ポケモンの特殊な能力。ポケモンは都会の発展のために。人はポケモンが生きやすい環境を作るために。こうして今まで関係を保ってきた。ただ、こうして関わることで親密な関係になり、越えてはならない一線を越えてしまった人とポケモンが現れた。公にはなってないだけで実際はもっと存在していても不思議ではない。
「僕たち人間、ポケモンにはその人たちを善悪の判断をつけていい道理はない。でも、勝手に自分たちの感性で彼らを悪だと決めつけた人やポケモンがいる。僕はそれが許せない。だから、僕はそういった関わり全ての自由を訴える。これが認められたら結婚しようが自分たちの勝手だ。僕は、その自由が認められたら一番にポケモンと結婚した人間になりたい。だから君に結婚してくださいと言ったんだ。」
 なるほど。だったら、何故ここで? わざわざ移動する必要もなかったのではないだろうか。
「ここを選んだ理由はね。藤の花言葉にあるんだ。」
 花言葉? 私は詳しくないから分からない。
「藤の花言葉の一つに『決して離れない』というのがあるんだ。僕は、君にずっと、死ぬまで一緒にいてほしいと思っている。だから、お願い。僕と死ぬまで一緒にいると誓って手伝ってください!」
 ペコリ、と頭を下げて主は私の答えを待つ。
 私の答えは……勿論NOだ。
 主と一緒なら成し遂げられるに違いない。だが、直ぐに達成してしまってもつまらない。あの日より輝いている翡翠色の瞳は、更に輝きを増すだろう。私はその主が見たい。
 私の意図を汲み取った主は残念そうに肩を落とし、帰る準備をする。主とはここでお別れだ。
「じゃあ、いつかまた、ここで会おう。」
 そう言って主は昇ってくる太陽に背中を照らされながら山を下っていった。
 主を見送った私はというと、握っていた手をそっと開き、持っているものを見つめてはニヤニヤしている。私の手の中にあるのは、主がプロポーズに使った指輪だ。「どうやって? 断ったのにどうして?」だって?
それは、私のとくせいがマジシャンでもう一度ここで会ったときに別の男がこの指輪をはめていたら嫌だからに決まっている。
 後に調べて分かったことだが、藤は女性にたとえるものらしい。主はそれを分かっていたのだろうか。答えは主しか知らない。