ノット・マーレ、バット・アルドーレ

モノイド
テーマB:「ふじ」
 目がさめると、わたしはキュレムでも近くにいるのか、と思うほどこごえるような寒さのなかにいた。
 だれか、両手をつないでいるような気がしたが、思わずはなしてしまった。気のせいだろうか。不意に、ここはどこだろう、という疑問がわたしのあたまのなかによぎった。たしかに、わたしはここがどこだかわからなかった。ただそこはシェードジャングル、いや、まよいのどうくつくらい暗かった。なぜか、じめんに足がつかなかった。すぐに、息ができないことに気がついた。しかし、寒さのためか、さっきまでぐっすりねていたからか、力がでない。わたしはなにもできず、みしらぬ力に身をまかせた。
 とつぜん、べつの世界についた。息ができた。星がみえた。月もあった。そこではじめて、ここがどこだかわかった。たしかこのまえ、むつかしい本でよんだが、ここは、生き物のふるさとではなかっただろうか。おおうなばら、わたしがいるべきではない場所だった。
 わたしは早くここをぬけだしたかった。だが、ふくは水をすい、なん十倍も重くかんじられ、さきほどからの寒さのせいで、やはり体をうごかせなかった。わたしはただ、このおおうなばらにひとりぽつんと浮かんでいた。

 しばらくすると、近くをこぶねが通った。わたしはなにもしなかったことが功を奏したのか、むだに体力をうばわれず、こめつぶほどの小さないのちをなんとかつないでいた。すると、ふねのなかのひとがわたしに気がついたようだった。わたしはほっとした。

 目がさめると、わたしは羽毛でやさしくつつみこむ、あたたかいベッドのうえで寝ていた。
 まるでさっきまでのことがただの夢だったか嘘だったかのように、いままでとなんらかわりない日常がもどってきた。かわったことはいえを引っこしたくらいだ。

 あの晩、なにがあったかを知ったのはわたしが十五くらいのときだった。
 わたしは富豪の家に一人っ子として生まれた。父はこの地方最大と言われる銀行の頭取で、母はその銀行の副頭取だった。両親はいつも家にいなかった。だが、わたしは家で一人ぼっちだったわけではなかった。アルドーレ、わたしの大切な友だち。アルドーレは喋ることはできなかった。だがわたしはアルドーレと、晴れの日は、空にある太陽に負けんばかりにいきいきと育った芝生の上で一緒に、雨の日は、この無駄に広い家で一緒に遊び、笑いあった。わたしは幸せだった。
 しかし、両親の銀行が倒産してしまった。一生かかっても返しきれないほどの借金を抱え、その晩、十年前のあの夜、両親は寝ているわたしをつれて一家心中を図ったのだ。そこでわたしは運よく助かった、ということだった。
 わたしは両親が許せなかった。今までわたしの近くにいなかったくせに、ひょっこり現れたと思ったら、わたしもろともこの世から逃げ出そうとしたこともそうだ。だが、アルドーレを家族と思っていなかったこと、つまり一家心中であるのに、アルドーレを家に置いてきぼりにしたこと、このことが、わたしの両親への怒りの大部分を占めていた。それらの怒りは、わたしの心の中から永遠になくなることはない気がした。

 わたしは今、家政婦をしている。アルドーレは三年前、わたしが十八のときに帰らぬポケモンとなってしまった。アルドーレはわたしのそばにいて支えてくれていたから、わたしもアルドーレのように、誰かを扶侍する存在になりたいと思い、この家政婦という道を選んだ。家政婦、という職業は非常に大変で、はじめはかなり梃摺っていたが、月日が経つとともにだんだん慣れてきた。そこで今日、リーマン予想と肩を並べるほどの難題を言い渡された。なんと、すでに何十回も担当を変更している、「変更常連」を任されたのだ。わたしは少し気が揉めている一方で、早くそこで仕事をしたいと待ち望む気持ちもあった。なぜなら、その客は「探偵」をしているらしいからだ。わたしは子どもの頃、アルドーレと一緒に推理モノのドラマを見たものだ。だから、ちょっと推理には自信がある気がして、楽しみだった。

 ついに、「探偵」の家についた。小規模マンションの一部屋が探偵事務所になっていた。マンションは外見はイーブイのような茶色だが、ところどころひび割れがあり、古かった。探偵事務所の看板は木でできていたが、端のほうが朽ちてボロボロになっていた。インターホンを鳴らすと、少し奥の方から、
「お客さんですか? ドアは開いているので入ってください」
 と聞こえた。入って廊下を少し進むと部屋があり、ガラスから中を見ると、三十歳前後の黒髪で口髭と顎鬚を少し生やした黒髪の男が座っていた。部屋の中に入った。
「あの、相談に来たのではなくてですね、家政婦としてきました、グリーチネという者です。よろしくお願いします」
 わたしはそう自己紹介した。
「ああ、そうか、そうか。まあ、知っていると思うが、探偵のピノだ。君はたぶん二十五人目かな。ああ、こんなことをいうとまた嫌われちゃうか。じゃあ、まあ早速昼ご飯を作ってくれないか。おなかがすいてしまってね。すばやくできるものでお願い。君もどうだい?」
「分かりました。では、わたしもいただくことにします」
 わたしは得意なトマトパスタを二人分作り、彼と食べた。わたしは彼と少し話をした。推理モノのドラマが好きだったことを話した。彼は今まででいちばん気があうかもしれない、と言ってくれた。

 わたしと彼が食べ終わり、食器を片付けようとしたとき、女性の甲高い叫び声が聞こえた。すると彼は、
「このマンションの管理人の声だ。まるで死体を発見したかのような叫び方だな。君もついてきてくれ」
 と言って部屋を飛び出していった。わたしは彼の後を追って三階へ行った。すると、一つだけ扉が開いていた。中に入ると腰を抜かした管理人らしきおばさんと、そこには……首を吊った人がいた。
「もう手遅れだ。まさか本当に人が死んでいるとはな。えっと、グリーチネ君、警察に電話してくれ。幸か不幸か、本当に人が死んでいるところに遭遇するとはな」
 わたしは警察を呼んだ。すると彼は、
「これは自殺ではない、他殺だ」
 と言った。すぐにわたしは彼を疑った。彼は叫び声を聞いたとき、まるで死体を発見したかのようだと言った。そして実際に人が死んでいた。これはどう考えても都合が良すぎるのではないだろうか。すると彼は、
「君はぼくを疑っているのかい? まるで死体を発見したかのような叫び声、と言ったから」
 と尋ねてきた。わたしは驚いて、なにも言えなかった。
「その反応を見る限り、図星のようだね。だが、わたしは君のわたしへの疑いを晴らさなければならない。君が推理が好きなのならば特にね。なぜなら君も事件解決に役立つかもしれないからね。まず、本当にわたしが殺したのならば、他殺だと言うはずがないね。そうすればたぶん自殺として処理されるだろうからね。それに、わたしが殺したのならば、こんなに証拠を残さないと思うよ」
 わたしは彼を少しでも彼を疑ったことを後悔した。その気持ちは自然にわたしに「すみません」という言葉を発させた。
「まあ、謝ることはないよ。ところで、なんでわたしがこの部屋に入った瞬間他殺だと気が付いたと思う?」
 わたしは現場をよく見た。そこは十畳ほどの部屋だった。首吊りの死体の下に遺書が置いてある。また、首を吊った時の跡か、首を一周するように跡が残っている。部屋の壁は黄色く変色していたが、一部だけ白かった。彼に手袋を渡され、遺書を読んだ。そこには、「家計が火の車でついに限界がきてしまった」というお金の事情や、「ひとの命に対してこんなことをしてすみません」という謝罪の気持ちが書かれていた。また、遺体の第一発見者の管理人にも話を聞いたところ、家賃を徴収しに来たら鍵がかかっていなかったので入ったらこういうことになっていたらしい。また、家賃の徴収日は一週間前、お金が手に入るかもしれないから、と言って今日を指定したらしい。

 少し時間が経って、警察が到着した。警部らしき人と彼は仲が良いらしく、彼とわたしに現場に入れる許可が下りた。彼はわたしに、「あれ、わかったかい?」と尋ねた。
「わたしには他殺に思えません。なぜなら、遺書があるからです。この家は被害者のものですし、しかも、その遺書の字は、この家の中のものと比べても筆跡が同じで、他人が偽装したものと思えないからです」
「良い視点だと思うよ。いままで探偵をやっていたのか、というほどにね。たしかにこの遺書は本人が書いたものだ」
「ならなぜ他殺だとおっしゃるのですか?」
「まず、ガイシャ(被害者)の首の跡を見てみたまえ」
 わたしは首の跡をもういちど見た。
「首を吊ったときの跡がありますが……」
「それは本当に首を吊ったときの跡かい?」
 言われてみると、首を一周するような跡は、首を吊ったときの跡としては不自然であることに気が付いた。
「たしかに、これは首を絞められた跡に見えます!」
「そうだ。首を吊っただけではこのような跡はできない」
「ただ、他殺ならなぜ遺書があったのですか」
「それは、ガイシャはたしかに自殺しようと考えていたからだよ。さらに、『ひとの命に対してこんなことをして』というのは『他人の命に対してこんなことをして』、つまりガイシャ自身もこの現場で殺人を犯そうとしたんだ。たぶんだけど、ガイシャは返り討ちにあったんじゃないかな」
「そういうことなんですね! あと、壁の一部が変色していないのが気になるのですが」
「それはたぶんポスターかカレンダーがあったんだよ。きっとホシが持ち去ったんだよ。予定にホシの名前が書いてある、とかでね」
「なるほど! ですが、犯人は誰なのでしょうか?」
「まだ分からないが、ガイシャと金銭トラブルがある奴に間違いない。例えば、友人とか、または銀行員とか。だが、証拠は残っている気がするよ。例えば、首を吊るのに使っている縄とかね」
「縄ですか?」
「縄で作った輪の直径がガイシャの頭の直径よりも大分小さい。つまり、たぶんこの家の中にあったであろう縄をホシ(犯人)がガイシャの首にあてて結んだわけだ。指紋が残っている可能性がある」
「しかし縄から指紋は採取できないんじゃないですか?」
「いや、縄みたいに凹凸があるところからも指紋は採取できる」
「そうなんですか! しかし手袋をして結んだ可能性も……」
「いや、あの結び方は手袋をしていてはやりずらい。人を殺してしまった状況では特に。だから、結んだ後は拭くことのできない、結び目の中に指紋が隠されている可能性が高い」
 そう言って彼は、警部にそのことを伝えたらしかった。彼は戻ってきて、
「たぶん解決すると思うよ。君は先に部屋に戻って食器を洗ったり掃除をしたりしてくれないか」
 と言ってわたしに鍵を渡した。鍵を閉めていたかな、と思ったが気にせず現場を跡にした。下に降りるととにいつの間に鍵を閉めたのか、しっかりと鍵がかかっていた。わたしは早く事件が解決するように願って彼の家の中に入った。

 掃除まで終わった後すぐに彼は帰ってきた。
「やはり結び目の中からガイシャじゃない指紋が発見されて、解決したよ。ホシはどっかの銀行員だった。結局、ホシはガイシャに呼ばれて行ってみたら殺されかけて、でもガイシャは殺しきれなくて、逆に返り討ちにあって、偶然見つけた遺書と縄で自殺に見せかける方法を思いつき、実行したらしい。ついでにホシの家で盗まれたカレンダーも見つけたらしい。やはり今日の欄にホシの名前が書いてあったそうだ。推理通りだ」
 わたしは、目の前で事件が解決されていくのを見ることができて嬉しかった。
「無事解決して良かったです」
「そうだね、突然だが、君はなぜその仕事をしているのかい?」
 わたしは突然の質問に伝説のポケモンや色違いのポケモンを見たかのように驚いたが、十五分くらいかけて、家族のことやあの夜のことなどを交えながら、家政婦になった経緯を詳しく話した。彼はそれを真剣に聞いていた。
「じゃあ、君は両親のことが許せないのかい?」
「はい、怒りのろうそくの火はあの夜の真相を知って以来一度も消えたことがありません」
「しかし、そのアルドーレ君は君が捕まえたの?」
「いや、違います」
「それは君の親が捕まえてくれたのではないのか? 両親は共に忙しくて君の面倒が全く見れず、悪いなと思って、君が少しでも寂しくないように。君の話を聞いて、ぼくはそのアルドーレというポケモンは君の家族の象徴のように思えたよ。だから、アルドーレという家族の象徴が地上に残るように、アルドーレという熱が永遠に温め続けられるように、アルドーレを殺そうとしなかったのではないかと思ったよ。たしかに一家心中を図った両親に完全に非があって、君は全く悪くないと思うけど、でも少しだけでも許してあげたら?」
 今まで消えたことのなかった両親への怒りのろうそくの火が涙で弱められた。かわりに両親への愛情のろうそくの明かりが灯った。
「ありがとうございます。両親に対して、今までになかった気持ちを持ちました。あなたはわたしにとって二つとない存在です」

 それ以降、新たな家政婦がピノの家の敷居をまたぐことはなかった。
「ピノとグリーチネ、東の果ての島では……」