レシピエントは携帯獣の夢を見るか

誰も望まぬナイトメア
テーマA:「ラジオ」「上昇気流」「反比例」
 目を開けると、そこは見晴らしのいい崖の上だった。隣には、自分と同じ二足歩行の何かがいた。ただ、その姿はぼやけていて、何なのかはよく分からなかった。
「上昇気流を掴め!」
と声がする。耳を澄ませずとも聞こえてくる、頭の中に直接響く声。それが隣にいる誰かの声だと、誰に言われずとも分かった。
 崖の下からはびゅうびゅうと音を立てて風が駆け上がってくるのが感じられた。翼もパラシュートもない状態で、言われるがままに崖の向こうへと一歩踏み出した。
 ふわり、と、身体が浮き上がるのを感じた。風のせいだけではない。なにかもっと大きな力が、体を支えている。
「空を歩くイメージだ。足を前へ出すのだ!」
 自分がなぜ空中にいるのかも分からないまま、しかし足だけは動かすと、確かに前に進む。足が地についている感覚はないのに、歩いているのと変わらない状態で。
「うまいぞ!そのまま一気に駆け上がれ!」
 頼もしい声と共に、ポンと背中を押された。手のひらで押されたようには思えなかった。背中を押したものは三つ。三角形に並んだ、弾力のある何か。
 それが何なのか確かめるまでもなく、目には見えない風の路を、文字通り駆け上がる。どこまでもどこまでも昇っていく。終わりのない階段を、どこまでも、どこまでも――



 目を開けた時、そこは崖の上でも空中でもなかった。そもそも立ってすらいない。見渡す限り細かいでこぼこのある白い壁に囲まれた空間。
 ようやく不思議な夢を見ていたのだと気付いた。
 ベッドに横になった状態で眺めた壁の掛け時計の針は六時を指していた。いや、正確には五時五十九分。まだ六時にはなっていない。しかし今から二度寝をしては、次にいつ目を覚ますか分からない。ゆっくりと体を起こして、周りを見渡した。いつもと変わらない光景。ところどころにポスターが張られ、それぞれに愛想のいい笑顔を浮かべた人間が映っている。それが本心からの笑みなのか、はたまた営業スマイルというやつなのか、無機質なポスターに問いかけたところで答えは出ない。棚一杯に小説やら参考書やら絵本やら図鑑やら辞書やら、ありとあらゆる種類の本が並べられた本棚。毎晩のように深い眠りへ、時に不思議な夢路へ誘うベッド。そして、小さなシステムデスクに備え付けの椅子。机の上には薄く積み重なった何も書かれていない原稿用紙と、鉛筆が一本置いてあった。何か物語を書きたいと思ったら、いつの間にか用意されていたものだった。
 原稿用紙の白さに溜息を吐きつつ、部屋のドアを開けて階段を降り、一階の居間へ向かった。
 一人暮らしを始めたのがいつからだったか、はっきりとした記憶がない。ただ、この家にはいつでも、必要なものは大体何でもそろっていた。消耗品は使ってなくなっても、知らない間にちゃんと補充されている。蛇口をひねれば水は出るし、シャワーや風呂も完備されていた。冷蔵庫や戸棚には十分な量の食料や調味料が入っていた。これも、なくなるたびに補充されていた。コンロのつまみを捻れば火が出るし、料理をするためのフライパンや鍋、食事を盛り付ける皿も食器を洗う洗剤もスポンジもあった。快適に過ごせるようにエアコンが完備してあり、テレビやラジオもあった。必要なのかは分からないが、最新型のゲーム機やパソコンなんかも置いてあった。ないものと言えば、この家から出るためのドアくらいのものだった。だが、疑問に思ったことは一度もなかった。この家から出ずとも生活はできる。必要な物品は補充されるし、家の中の空気はエアコンによって常に快適で新鮮なものに調整されている。二階の自分の部屋には窓があったが、そこから飛び出そうという気にはなれなかった。
 朝ごはん用の食パンをトースターに放り込んで、テレビのチャンネルを探した。チャンネルは居間のテーブルの上に置いてあった。電源ボタンを押したが、テレビは反応しなかった。いつもチャンネルで電源を入り切りしているはずが、昨晩はどうも主電源から落としてしまっていたようだ。仕方なく立ち上がり、テレビの主電源ボタンを押した。
『昨日、カントーのタマムシ大学で新たな元素の存在が確認されたとの発表がなされました。藤崎健司教授らの研究グループにより発見されたこの新たな元素は、ポケットモンスター、縮めてポケモンと呼ばれる生物の体内に多く存在することから、”ポケニウム”と名付けられました』
 ちょうどニュースの変わり目に出くわしたようだった。画面に映った二人の人間のうち、一人がニュースを読んでいる。とすると、もう一人は同じくアナウンサーか、コメンテーターだろうか。そんなことを考えているうちに、トースターがチンと鳴いて食パンを吐き出した。パンを皿にのせて、パンに塗るペーストの瓶とスプーンを取ってくる。瓶にはラベルが張られていなかったが、毎日のように使っているそれが何なのかは最早どうでもよかった。結晶になったミツハニーの蜜のような色をした、柔らかいペースト。毎日のように使っているそれが何なのかは知らない。美味いからという理由だけで、パンに塗りつけて齧った。パンの香ばしさと、ペーストのほんのりとした甘みが口いっぱいに広がるが、それ以上の感動はない。毎日のように同じものを食べていれば、それがどれほどおいしいものでも感動が薄れてしまうというものである。
『ポケニウムのラジオアイソトープ、即ち放射性同位体は、核分裂により莫大なエネルギーを放出します。現在原子力発電に使われているウランの、約800倍とも言われています。藤崎教授らの研究グループは、この元素をウランに代わる新たな核燃料としての運用を視野に研究を進めていくとのことです』
 画面に映し出される立派な口髭の男性を眺めながらふと思った。そんな危険なものを原子力発電に使って大丈夫なのか、というのが、このニュースに対する感想であった。
 2011年3月11日、トーホク地方でマグニチュード9.0の大地震が起きた。その際に原子力発電所から核物質が漏れ出て以来、放射線による被害は実害のみにとどまらず、風評被害となってトーホク地方を襲った。それより更に前、1986年4月26日には海外の原子力発電所が爆発を起こし、漏れ出た放射線により周辺の住人や家畜、農作物が甚大な被害を受けた。現在原子力発電に用いられているウランでさえ、使い方を誤ればこれだけの被害を生み出すのだ。その数百倍もの威力を持つ燃料で同じことが起きた時、果たしてこの世界はどうなってしまうのだろうか。恐ろしい想像を禁じ得なかった。下手をすれば兵器になり得る。とすれば、海の向こうのとある国が黙ってはいないではないだろうか。
『ところで、エネルギーとしてもそうですが、ポケモンの体内に多く含まれているということは、その元素を利用すればポケモンの細胞を作り出すことが可能になってくるのではないでしょうか?』
『元素からとなると難しいと思われます。現時点でクローンポケモン製造の技術が確立されてはいますが、あくまで既存のポケモンの細胞から培養したもの。一から遺伝子を作り出そうというのは、まだ技術が追い付いていないと言えるでしょう』
『でも、ポリゴンは人工のポケモンとして有名ですよね』
『ポリゴンはプログラムによって動く疑似生命体です。その中身はデータの塊。プログラムされた以上の感情は持ちません』
『撫でれば喜ぶし、下手につつけば怒る。育て方次第でトレーナーに懐いたり、逆に嫌ったりする。これだけ生物に近い挙動を見せるポリゴンですが、その感情が全てプログラムだったとは!随分と技術が進んでいるように思えますが』
『確かに、ポリゴンの例を見ればそうですね。人間が完全に一から作り出したポケモンは、現時点でポリゴンだけです。ただ、あるポケモンの細胞の遺伝子を組み替えて新たな生命を作り出すということは、既に行われています。希少な例ではありますがミュウツーがその類です。しかし、遺伝子の構成要素である元素から遺伝子を作り出すとなると、これはもう神の御業と言っても過言ではないでしょう。その道に足を踏み入れようとした結果が、ミュウツーという凶暴なポケモンなのですから』
『はぁ、そういうものですかね』
『ミュウツーを作り出せたのは、幻のポケモン、ミュウの細胞があってこそだといいます。ミュウの細胞が感情を生み出したのか、はたまた別の要因が関わってくるのか、興味の尽きない話題ではありますね』
『……ところで、ポケモンの体内に多く存在すると言っていましたが、その他の生物はこの元素を持たないのでしょうか?』
『はい。現在まだ生存が確認されている犬や猫などの動物と、それに対応するヨーテリーやチョロネコなどのポケモンの唾液を検査したところ、前者にはポケニウムの存在を示す反応がなく、後者にはそれがあったとのことです』
『とすると、ポケニウムを摂取することで動物がポケモンに変わるということはあるのでしょうか』
『現時点では何とも言えませんね。動物がポケニウムを摂取することによってポケモンに進化したという説も浮上していることから、今後そういった実験が行われていくことにはなるかもしれません。ただ、生存個体の少ない動物を実験に使うのは絶滅の恐れがあり、実験に反対する声も聞かれます』
 実験。妙に心に突き刺さる言葉だった。何かの実験を受けた記憶があるわけでも、自分がそう言う実験に携わったわけでもない。それなのに、なぜか心がざわついていた。画面を睨みつけてみるものの、画面の向こうの二人は知る由もない。きりのいい所で話を切り上げ、次の話題へと移っていた。
『さて、先ほどは幻のポケモンの話が出ましたが、続いては幻の生物の話題です。サイユウ大学は8月17日、ミシロタウン周辺で撮影された”カワウソ”の動画を公開しました。ポケモンが広く分布するようになってから絶滅したと言われていた、”ニホンカワウソ”の可能性があり、その場合は38年ぶりの発見となります』
 幻――ニュースの冒頭で聞こえたその言葉が、妙に心に引っかかった。古い文献によると、カワウソはかつて人間が毛皮を求めて乱獲したために個体数が激減し、絶滅に至ったという。耐水性があり、かつ防寒具として優れた性能を持っていたという毛皮を求め、彼らは狩られたというのだ。人間のせいで滅びたというのに、その姿を再発見したからと騒ぎ立てたり、”幻”などと持ち上げてみたり。人間はつくづく自分勝手なものだと思った。ポケットモンスター以外の生物――動物と呼ばれる類の生き物は、現在ほとんどが絶滅したと言われている。古い文献に見られるほか、ポケモン図鑑にも「インドゾウ」という動物の名がたびたび登場する。が、その姿を普段見かけることはない。現在を生きる人にとっては、確かに幻のような存在でなのであろう。それでも。
『糞が見つかれば種名や個体がどこから来たのかが分析できると――』
 まだ何か言っているようだったが、テレビをリモコンの電源ボタンで消した。これ以上、聞いていたいと思えなかった。真っ黒になったテレビの画面をしばらく見つめた後、トーストを乗せていた皿を流しで軽く洗った。何も置かれていない食器立てに逆さにしておいて、自分の部屋に戻った。
 机に向かって、そこに置かれた原稿用紙を眺めた。まっさらなままだった。鉛筆を手に取ってくるくる回す。尖った黒鉛の芯を原稿用紙に向けるが、すぐに手がとまってまた鉛筆を弄び始める。ニュースの内容を整理して、それまでにどこかで得た知識と混ぜ合わせて、何か面白い状況は作れないだろうかと考える。
 物語を書こうと思った。書かなければならないと思った。一人暮らしを始めたのがいつだったかを思い出せないのと同じく、どうして物語を書こうと思ったのかは分からなかった。ただ、そこに紙と鉛筆があったからなのだろうか。自分が心からそう願ったからなのだろうか。
 書きたいという欲求とは裏腹に、書くべき事柄は、物語は浮かばない。ふと浮かんでも、文章にできないまま消えてしまう。無性に悔しくて、しかしどうしようもなかった。
 食べた後だからか、体がぽかぽかと温かくなってきた。頭がぼんやりする。考え事ができる状態ではない。仕方なく鉛筆を投げ出して、ベッドに横になった。



 次に目を開いた時、そこは家の中などではなかった。どこまでもどこまでも続く広い草原に立っていた。視線を右へ左へ彷徨わせても、見えるものは同じ。違うとすれば、はるか向こうに見える山と、空に浮かぶ雲の形くらいのものだろうか。
 隣には、二足歩行の、人間ではない何かがいた。今度はぼやけてはいない。二つの角のような突起が左右上向きに突き出た頭、ほっそりとした腕、胸板の厚い胴体は白っぽい色。滑らかな曲線を描く腹から尻尾にかけてが紫。それぞれのパーツが継ぎ接ぎになったフィギュアのような印象を受けた。頭の後ろから胴体の上の方を、首以外に一本の細い管が繋いでいた。
 誰だろう。そんな思考を読んだのか、頭の中で声がした。
「我が名はミュウツー。今はそれだけしか思い出せない。今は、自分探しの旅の途中なのだ」
 優しい声だった。恐ろしいなどとは、一ミリも思わなかった。
 はるか向こうに見える空を指差してミューツーは叫んだ。
「さあ、あの雲の向こうへ、いざ共に行かん!」
 ミュウツーに手を取られ、一緒にふわりと浮き上がった。前に見た夢と同じように足を動かすと、体は前へ前へと進んでいった。景色が、雲が、どんどんと後ろへ流れていく。やがて足を動かさずとも、ジェット機が空を飛ぶように羽ばたくことなくバタ足をすることもなく前へ進むようになった。そんな力が自分にあるはずはないから、ミュウツーの成せる業なのだろう。ミュウツーが超能力を操ることは、本棚にあった本で読んで知っていた。
 突然、びゅうと強い風が吹いた。それまでに感じたどんな風よりも強く、荒々しい風だった。翼も超能力も持たない自分に成す術はなく、ミュウツーと引き離されてしまう。ミュウツーも得意の念力でどうにか風をすり抜けようとするのだが、風はそれを許さないとでもいうように吹き荒れる。
 ミュウツーはこちらに向けて手を伸ばす。自分も必死で手を伸ばす。
 色も形も異なる二つの手が互いを掴んで――消えた。



 目を開けると、ベッドの上で手を天井に伸ばしていた。握った手は空を切って、ベッドに倒れてパタンと音を立てる。寝ぼけた頭でそれまで見ていたものが全て夢だったのだと気付くまでに、随分と時間がかかった。
 はっきりとは思い出せない。今までに触れた様々な物語がごちゃまぜになっていたような気がする。体中がむずがゆく感じる。書きたくてたまらないと疼いている。
 夢路と現実は、さながら反比例のグラフのよう。二つのグラフは直行軸を挟んで決して交わることがないように。どれだけ近付いても、どちらかが0にならなければ二つの道は決して触れることはない。夢に見たミュウツーと自分がそうであったように。仮に夢に現実を見たり、現実世界で夢を見ることはできても、見たものをその場でその手に掴むことはできないのだから。
 だからこそ、書きたいと思う。描きたいと思う。夢に見た世界を、せめて頭の中でだけでも思い浮かべるために。交差しないはずの二つの世界に、架け橋を作るために。
 書かなければ。今しか書けない物語を。自分の手で描き出すのだ。
 机に投げ出された鉛筆を手に取って、原稿用紙の上を滑らせた。
 数時間後、びっしりと埋まった原稿用紙を満足げに眺めた。推敲の余地はあるだろうが、なにも書けなかった時から考えれば大きな進歩だった。部屋を出て居間で適当に夕食を作って食べた。今度はテレビではなくラジオのスイッチを入れた。ちょうどクラシック音楽を紹介する番組だったらしく、ゆったりとした曲が時折砂嵐に吹かれながら流れてきた。曲を聞いてリラックスしたからなのか、部屋に戻る頃には重い眠気が襲ってきた。今から風呂に入ろうとは思えなかった。今はこのまま眠って、次の朝にシャワーを浴びればそれでいい。
 ベッドに横になって眺めた本棚の上に、手のひらほどの黒い何かがあるのに気づいた。自分で置いたような覚えはなかった。パッと見ただけでは分からない位置に置いてあるのは、見られては都合が悪いということなのだろうか。ベッドから起き上がってそれが何かを確かめようとは思わなかった。ただ、頭がぼんやりとして、目を閉じた途端に意識は深淵に引き込まれていく。抗うこともせず、意識を手放した。















 その様子を眺めながら、白髪交じりの立派な口髭を蓄えた初老の男は満足げに頷いた。
「順調です。藤崎教授」
「ああ。彼はうまく馴染んでくれたようだ」
「人間に出来損ないのミュウツーの心臓を移植すると言いだした時には気が狂ったのかと思ったんですが、なかなかどうして、うまくいったじゃないですか」
「ロケット団が作り出したミュウツーは、創り主に影響されたのか遺伝子組み換えの弊害なのかは分からないが、悪しき心を持って生まれた。今回はどうだ!心の赴くままに、武器や能力ではなくペンを執る。移植前の彼がそうだったように、悪しき心に囚われることなく人間としての優しい心をちゃんと持ってくれたようだ。ポケモンとしての能力はまだ開花していないが、ポケニウムを投与し続ければいずれは人工エスパー第一号となるであろう」
「ですね。ただ、あまりに投与する量が多いと、いずれはポケモンになってしまうのでは……?」
「それはそれで興味深い。ポケモン不思議のダンジョンシリーズの物語が現実のものになったとしたら、これまた大発見だ」















 そんな様子が見えた。そんな声が聞こえた。正確には、頭の中に浮かんだ。
 気味が悪くなって飛び起きた。頭の中ではまだ、その声が、言葉が、わんわんと鳴り響いている。いつか見た、安っぽい昼ドラマのような光景。
 自分は人間である。同時に、ポケモンとしての一面も持っている。考えたこともなかった。ポケモンのような不思議な力が使えるわけでもない。特別力が強い訳でもない。心臓を移植された覚えもない。ポケニウムとやらを投与されているという自覚もない。しかし。よくよく考えてみれば、毎朝同じものを食べ続けている。トースターで焼き目を付けた食パンと、乳白色のペースト。それ以外にも、仮にこの家に供給されている食物全てに、その”ポケニウム”とやらが意図的に混入されていたとするならば。
 夢の中で起こったことのはずなのに、妙に現実じみて思えた。思わず胸に手を当てた。心臓の鼓動を感じ取った。ばくんばくんと音を立てていた。だんだんと、胸の中にあるものが、本当に自分の自分のものではないような気がしてきた。

 人間は、勝手な生き物だ。

 ニュースを見ていた時に浮かんだ言葉と一緒に、心の中に、ふつふつと感情が湧き上がった。震える手が熱を帯びてきた。震えによって筋肉が発した熱だけではないように思えた。思わずぞっとしたのは束の間だった。



 ――そして。



 気付いた時には、”私”は思いきり手を振った。
 大きな音を立てて窓ガラスが飛び散った。ビービーとサイレンが鳴り響いた。そんな仕掛けがあるとは知らなかったが、気にしている暇はない。
 もう、この家にはいられない。”私”はガラスの破片が足に食い込むのも気に留めず、窓枠を蹴って外に飛び出した。不思議と恐怖はなかった。これから、”私”は飛んで逃げるのだから。
 脇目も降らず、本能の赴くままに、”私”はどこまでもどこまでも飛んだ。使えなかったはずの力が、今は体の奥から溢れ出るようだった。
 どこへ行けばいいのかは分からなかった。知る必要もないと思えた。願わくば、あの黒い何かの向こうでこちらを覗いていた誰かの元に辿り着けばいいと、そう思った。





























『――続いてのニュースです。ポケニウム発見の発表から一夜。タマムシ大学の藤崎健司教授が遺体で発見されました。目立った外傷はなく、体内から毒物も検出されなかったことから、警察は病死の方向で捜査を進めるとのことです』